つよっさんの「聞き合う社会」は、本当は「言い合える社会」なんだって思った。
ニュートラルな位置で聞き合うことで、ちゃんと自分の言いたいことが言える。
そうすることで、気が付く量や意識の量が拡大するんやなって。
自分の意見をなくすわけじゃないし、通すわけでもない。
相手も否定されてる感じにはならなくて。
底の思いを一緒に太くしていくような作業なんやなって。
聞き合うことで、それぞれに違うってことが本当にわかるんだなって。
共通点はあるものの、十人十色の意見がある。
自分の概念で、カテゴライズしていくことじゃないんだなって、改めて知った。
コーチングとかでは、アドバイスせんでええのかって言われるけど。
「答えはその人の中にあるんです」って、わからせようとしてた自分がいた。
腹括って立ち向かうわけでもないし、聞かなければいけないでもない。
その人をなんとかしようみたいな、正しいとか正しくないとかじゃないねんな。
ただただ聞き合って、話し合うことで、新しい発見みたいなものも増やしていけたりする。
福島の事情が複雑やっていうのを聞いてたけど、その中でもいろんな人がいてて。
家はつぶれたけど、20キロ圏内にいたことで補償金がもらえて、生活が楽になったと話されてた方。
震災の被害はなかったけど、親のことを許せずにいる経験をされた方。
そう思ってはるんやなって、良い悪いの評価やジャッジがない世界だとなんでも言えるし、聞ける。
自分をオープンにして、ニュートラルに位置にいると、直感もすごくシンプルになるなって感じた。
帰ってきたくなかったな。もっともっといたかった。
ジャッジしない世界に、つよっさんが網一本で引っ張り上げてくれたような感じ。
めっちゃ、かっこよかった。
ずっと聞き続けてはる人は、すごいなと思った。
渡辺さん、ありがとうございました。
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